高校生から大人に(フィンランドの場合)
ヘルシンキ滞在中です。先週たまたま高校生の卒業イベント penkinpainajaise-t (< penkinpainajainen の複数形) [ Wikipedia | 英語 ] に遭遇しました。卒業を予定している高校生 (abiturientti,口語では abi) たちが正式な授業が終わる日 (実際にはその前日らしい) に仮装をしてそれぞれのメッセージを掲げたトラックの荷台に乗り,歓声をあげながら町を行進する,というもので,たくさんの人が北エスプラナーディの通りに出て彼らを祝福していました。トラックからはキャンディやらチョコレートやらが投げられ,ここぞとばかり袋いっぱいに集めている人もいました。
penkinpainajaiset は文字通り penkki「ベンチ (この場合はトラックの荷台)」を paina-a「重くする」イベントで,口語では penkkari-t と呼びます。いずれも複数形 (複数主格語尾は -t)で使います (複数形はお祭りやイベントを表す名詞によくあります)。フィンランドだけの行事ではなく,スウェーデンにも同じようなイベントがあるそうです (bänkskuddardagen, penkkis)。
penkinpainajaiset のようなイベントは日本にはありません。テレビでニュースを観ていたら,インタビューされて「penkkarit は古い習慣で,面倒くさい」と答えた高校生もいましたが,私としてはこのようなイベントには,彼らが高校生活を締めくくる社会的な意味があるように思います。「高校生から大人に」なるお祭りが用意されていて,大人たちがそれを祝福し,彼らは「高校生として」大いにはじける,また子供たちがそのお祭りをみて「僕も,私もトラックに乗って騒ぎたい」と思う... 日本には成人式があるじゃないか,と思われるかもしれませんが,成人式はあくまで成人する人たちのための式であり,多くの大人にとっては「自分たちとは関係ないイベント」になってはいないでしょうか。
そもそも,私たち日本人は自分たちが住んでいる町で,いったい何人の高校生が卒業するか,実数はともかくイメージすることができるでしょうか?フィンランドの人たちは「トラック何台分」というとても具体的なイメージで,大人に仲間入りする子供たちを毎年実感するのです。これから卒業のための試験を受け,社会に巣立っていくフィンランドの abi たちに,大きな声援を送りたくなるこの気持ちを,同じように社会に巣立とうとしている日本の高校生にはどのように伝えたらよいか,考えさせられるひとときでした。
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